映画を観る準備はできている。

映画についてのいろいろな話。

なぜ、シス俳優はトランスの役を演じるべきではないのか?-雇用機会篇-

2020年7月、ハル・ベリーが女性から男性に性別移行したトランスジェンダーの男性役を演じることを考えていると報じられた。シスジェンダー(誕生時に振り分けられた性別とジェンダーアイデンティティが一致している人)の女性である彼女がトランスジェンダーの男性役を演じるというニュースは多くの人の非難を呼んだ。

ここでは、この一件をきっかけに、いち映画ファンでありシスジェンダーである私が調べた、「なぜ、シス俳優はトランスの役を演じるべきではないのか」を整理したいと思う。

第一弾は雇用機会篇だ。

そもそもトランスジェンダーの役はとても少ない。2017-2018年のシーズンでレギュラーもしくは複数回登場するキャラクターはテレビ、ケーブルテレビ、ストリーミング全体でたった17人。これでも2015年の7人からはだいぶ増えている。

今回ハル・ベリーが演じようとしていたトランス男性の役はその中でも少なく、17人中9人がトランス女性、4人がトランス男性、4人がノンバイナリーだったという。

 

www.buzzfeednews.com

しかしその少ない役も多くはシスジェンダーの俳優に渡ってしまう。ドラマ「POSE」はトランス役にトランス俳優を起用しているが、「それは極めて稀なので注目すべきことだ。しばしば、トランスのキャラクターを演じるのに雇われるのは(中略)シスジェンダーの俳優だからだ」。

 

www.chicagotribune.com

トランス女性で女優、演出家、脚本家のジェン・リチャーズ曰く、「ハリウッドはシスが演じるトランスしか見たことがないから、それがトランスの外見のイメージなの。それで私たちはトランスに「見えない」からって仕事をもらえないわけ」。」

 

確かに、「ボーイズ・ドント・クライ」のヒラリー・スワンク、「トランスアメリカ」のフェリシティ・ハフマン、「ダラス・バイヤーズ・クラブ」のジャレッド・レト、「リリーのすべて」のエディ・レッドメイン、トランス役を演じて高く評価されたシス俳優は数多い。

特に「トランスアメリカ」でフェリシティ・ハフマンが演じた主人公は当初、トランス女優のアレクサンドラ・ビリングスが演じるはずだった。

 

screencrush.com

それならトランス俳優がシス役を演じられるかというと、その機会はまだまだ少ない。 以下はスカーレット・ヨハンソンがトランス男性役を演じようとしたことに対するトランス女優、トレース・リセッテの反応。

 

 「じゃああなたたちは私たちを演じられるけど私たちはあなたたちを演じられないってこと?ハリウッドってすごくいかれてる…シスの役のためにジェニファー・ローレンスやスカーレットと同じ部屋にいたならこんなに腹を立ててないけど、そういう状況じゃないのはわかってる」

同じくトランス女優であるジェイミー・クレイトンもこうツイートしている。

 「トランス俳優はトランスの役でなきゃオーディションにも行けない。それが真の問題なの。部屋にも入れないの。トランス俳優をトランスじゃない役にキャスティングしなさい。やってみなさいよ」

俳優組合Equityは、より多くのキャスティングディレクターがトランスの俳優を雇ってトランスでない役を演じさせることを考慮するよう求めている。

www.theguardian.com

ジェン・リチャーズは語っている。 「シスの人がトランスを演じられないとは決して言いません…理想的には、トランスが他のみんなと同じようにどんな仕事も得られる可能性があるような世界に私たちが住んでいるなら、スクリーンで誰がトランスを演じるのか、ここまで気にしていなかったでしょう」

Why trans actors should be cast in trans roles - Chicago Tribune

 

シスジェンダーの役を演じたトランス俳優は、まったくいないわけではないが、発見できたのは2人だけだった(もちろんもっといるかもしれない)。 「ゴールデン・リバー」(ジャック・オーディアール監督、2018年米)でトランス女優レベッカ・ルートが演じたのはトランスなのかシスなのか明確にされない女性。レベッカ自身はシス女性として演じたと言う。

 「おかしいのは、前はいつも考えてたの、SF映画を私がやるなら、なんかクレイジーでおかしなエイリアン役だろうって。でも本当のところ、エイリアンを演じるべき理由はないのよ、だってたまたま背が高くて強い女性であるホモサピエンスだって演じられるじゃない?」

screencrush.com

コレット」(ウォッシュ・ウエストモアランド監督、2018年英米合作)でシスの役を演じたトランス男優ジェイク・グラフはこう語っている。

「妙な形で、僕は人生の大部分、女性に見せかけてシスを演じてきたんだ!(中略)『コレット』で僕は男性を演じている。僕にとって世界で最も自然なことだ。喜びであり名誉だった。それにトランスを演じてるんじゃないっていうのはいいことだったよ」

www.them.us

ハル・ベリーは、自身が演じるトランス男性を「彼女」「女性」とミスジェンダリングしていたことも批判されていた。 ※ミスジェンダリングとはトランスジェンダージェンダーアイデンティティに一致する性ではなく、誕生時に割り振られた性別で呼ぶこと。

www.scotsman.com

今話題の映画「トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして」(サム・フェダー監督、2020年米)(※Twitter上では原題である"Disclosure"で呼ばれることも多い)の監督で自身もトランスジェンダーのサム・フェダーはハル・ベリーに対してこう呼びかけていた。

 

「しばしば人は知らないものは知らないんだ。それはいいんだよ!ハル・ベリー、トランスネスを演じる前に、どうか「トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして」を観ることを考えてください」

 

ジェイミー・クレイトンも彼女にこうツイートしている。

 

「ネットフリックスの「トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして」はもう見ました?強くおすすめします。そして知っている人みんなにシェアしてください。どうか私たちのために戦って。私たちと戦うのではなくて」

そしてハル・ベリーは謝罪を表明した。

 

「シスジェンダー女性として、この役を検討すべきでなかったこと、トランスジェンダーコミュニティは間違いなく自分たちの物語を語る機会を持つべきであることを今は理解しています」

 

彼女の謝罪はおおむね好意的に受け止められているようだ。

自身もトランス女性であり、YouTubeThe Sarah O'Connell Showのホストであるサラ・オコンネルはこうツイートした。

 

「耳を傾け、この役から降りてくれたハル・ベリーに感謝します」

人は知らないことを学ぶことができるし、それまで聞こえていなかった相手の話も聞くことができる。これまで耳を傾けられることのなかった人たちの声が届きますように。

 

 

 

 

https://twitter.com/tracelysette/status/1014313678441668608?s=20

https://twitter.com/tracelysette/status/1014313678441668608?s=20