映画を観る準備はできている。

映画についてのいろいろな話。

「若旦那はザンネン。」がアセクシュアルの登場する漫画として素晴らしかったところを挙げてみるよ。

※コミック「若旦那はザンネン。」のネタバレがあります。
 
かつて二度ほどアセクシュアルが登場する作品について書いたことがある。残念ながらどちらも作品を褒めたものではなかった。いろんな理由で褒められたものではなかったからだ。どちらも作品について何かを言わずにいるということを選択できるようなものではなかった。書いてて本当に残念である。
 
これ(通称:激怒ブログ、この漫画にはマジにマジで怒りしかない)↓
そしてこれ↓(上の漫画ほど酷くはないが(正直あれより酷いものはなかなか描けないと思う)しかし読んでいてハッピーにはならない漫画である)
しかし!私はアセクシュアルのレプリゼンテーションとしておすすめできる漫画に出逢ってしまった。ここまできちんとしたものを見たのははじめてである。これは声を大にしておすすめしたい!!というわけでふせったーで感想を書いたのだが、もっと見えるところに置きたいな、と思ったのでブログにも載せようと思う。
 
その漫画のタイトルは「若旦那はザンネン。」という。
 
私はかつて「私が考えた最強のアセクシュアル漫画」の条件を書いたことがある。これ↓だ。

1.その人物がアセクシュアルであることが明示される。

 理由はおわかりだろう。だってはっきり言っとかないと「この人はまだいい人に出会ってないだけで当然セクシュアルだよな」って思われるからだ!

 2.その人物のアセクシュアリティは物語の主題とはならない。

 フツーにアセクシュアルの人物がSFとかアクションとかミステリーに出てくるのを見たいんですよ私は。

 3. アセクシュアリティは特にその人物を苦しめてはいない。

 「マイノリティがマイノリティであるがための苦しみを味わう物語」の次に来る物語の話ですからね。アセクシュアリティ=不幸という呪いをかけないでほしい 。
 
「若旦那はザンネン。」はこの条件を満たしているか?

1.クリア。
主人公しのぶが、心を許したセイさんに「昔から人を好きになったことがない、好意を抱いても恋愛感情にならない」と打ち明ける→セイさんがそれに対して「それはたぶんアセクシャルというやつですかね」と返す→しのぶがその呼び名に納得する様子を見せるという流れでしのぶのアセクシュアリティが明示されている。

2.クリア。
しのぶのアセクシュアリティがテーマとして描かれるエピソードはあるが、作品全体のテーマは商店街の活性化である。

3.クリア。
しのぶのカミングアウトの後の会話で、しのぶは自身にとっての幸せを「自分の店でお茶を飲んで一人でも多くの人がお茶を好きになること、商店街がもっと繁栄すること」と語っている。いずれも彼のセクシュアリティとは無関係である。事情を知らない妹に恋人がいないことをからかわれたり将来を心配されたりはしているものの、そのことに過度に苦しんだり、自分が人に恋愛感情を抱けないこと自体を問題視したり、そのことに苦しんでいる描写はない。

全部クリアですよ。たった三つの条件だけど、アセクシュアルをテーマにしていて話題になった作品がこのたった三つの条件を満たしていない、それも2&3は特に思いっきり破っているところを何度か目の当たりにしている身としては、全部クリアなのがすごくうれしい。

そしてそして、更にボーナスがある。
カミングアウトシーンで、「たとえ誰かが自分を好きになっても、自分が同じように相手を好きになることはないので、相手は幸せになれない。だから誰とも付き合ったり一緒になったりする気はない」としのぶが言うところがある。しのぶがこれから誰かと付き合おうが付き合うまいが、それは彼の決断であり、その決意の表明には何も悪いところはない。しのぶはそうだ、というだけなのだ。でも私はここを読んで、「うん、しのぶがそうなのはいいんだよ、でもねでもね、世の中にはそうじゃないアセクシュアルの人もいてね」と言いたくなってしまった。くわしい説明はこちらを↓見てほしいのだが、パートナーと生きることを選択するアセクシュアルもいるからだ。
 

herve-guibertlovesmovies.hatenablog.com



しかし、作者、小池定路先生は裏切らなかった。カミングアウトシーンの直後ではないものの、後のエピソード間のおまけページに、「お互いの理解を得た上でパートナーの方と家族として暮らしている無性愛者の方もおりますことを追記しておきます」と書かれているのである!
しのぶの生き方をまったく否定せず、でも他の生き方を選ぶアセクシュアルもいるということをちゃんと追記。ちゃんと描く対象について調べていて、なおかつリスペクトが込められていることを、この追記から感じた。

こういう物語が描かれるのを待っていました。こんなにちゃんと描いてあるよと、皆に言って回れるものが、他のテーマではたくさん描かれているものが、アセクシュアルについても描かれるのを待っていました。

コメディタッチで、でも働くこと、生きることを真摯に描き、涙が出るようなやさしさがあふれている、いいものを読ませていただきました。「若旦那はザンネン。」全三巻、推しですぞ。