映画を観る準備はできている。

映画についてのいろいろな話。

例のアセクシュアル漫画を読んで激怒したアセクシュアル当事者が、7000字かけてそのグロさを叫ぶ文。

 

閲覧注意

 

 この文章はTwitter上で発表されたある漫画に対する感情を吐露するものである...と言うと、当然、「その漫画って、何?」と思うだろう。ごもっともです。私はここで、その漫画へのリンクを直接貼ることもできる。

 しかし私はこの漫画についてはそれをするまいと思う。自分の体験を振り返れば、とてもそのようなことはできないと思う。

 なぜか。私はその漫画を読んで、自分でもびっくりするほどのダメージを受けたからだ。

 その理由を説明するには、まず明らかにすべきことがある。

 この文章を書いている私のセクシュアリティは、恐らくアセクシュアルに分類される。そして今話題にしている漫画とは、アセクシュアルを扱ったものである。その扱い方があまりにあんまりだったので、私は(とっくの昔に成人したいい年の大人なのだが)自分でも引くくらいに泣き、Twitterで自分の感情を嵐のように吐き出し、「猫ちゃんとかマ・ドンソクとか見たいよう」と弱音を吐き、そして心優しいフォロワーたち(と数多の猫ちゃん写真)によって不死鳥のごとくよみがえった。そしてよみがえったら今度はめちゃくちゃ腹が立ってきたのでこの文章を書いている。

 まあそういうわけなので私はその漫画を直接貼ることはしない。できるだけ広めたくないと思うからだ。タイトルだけはここに記すが、警告したい。この漫画はアセクシュアルの人間を盛大に踏んづけるものである。あなたがもし私のようにアセクシュアルであり、アセクシュアルの人間に向けられた誤解と差別と暴力を見たくないのであれば、見ないことをおすすめする。ストーリー等はこれから明らかにしていくので、元の漫画を読んでいなくとも、この文章は理解できると思う。

 問題の漫画のタイトルは「恋をしない男に恋した女の話」という。

※作者がアカウントに鍵をかけたらしく、これを書いている時点では(削除されていないかぎり、フォロワー以外は)読めなくなっているようだ。

 

おわかりいただけただろうか…

 

 問題の漫画のストーリーは以下の通りである。

 

 学生時代(制服からして中学か高校であろう)に告白した智之に「自分は恋愛感情を人に持てない。誰かとキスしたいとかハグしたいとかまったく思わない」からと振られた千津は、それでも彼を追い続け、十二年後も同じ企業で研究している。そしてとうとう完成したのは非性愛者である智之を「恋愛脳」にする薬。千津は飲み物にその薬を混ぜて智之に飲ませようとするが、結局罪悪感が勝って途中でやめる。千津が眠り込んだ後、その薬を飲んだ智之は、千津を仮眠のためのベッドに運ぶ際、彼女にキスしそうになるが、すんでのところで正気に返る。

 

 上記のストーリー要約から、おわかりいただけただろうか。この漫画の問題が。

 以下、思いつく限りの問題を述べてみる。

 

薬を盛ってはいけません。

 

千津は振られた後も智之を想い続ける。まあそういうことはあるだろう。それはいい。智之が研究者になるからと自分も研究者を志し同じ企業に就職する。それもいい(としよう)。しかしそうやって彼を想い続けた結果千津が何をするかと言うと、非性愛者を「恋愛脳」にする薬を開発して彼に飲ませようとするのだ。理由は「彼とイチャイチャしたい」から。

この漫画の問題点は今の数行にほぼ凝縮されていると思うのだが、何が問題なのかを私なりに整理してみよう。

まず、ごくごくあたりまえのことを言おう。人に薬を盛ってはいけません。

パソコンのキーで叩きたくもない言葉だが、レイプドラッグによる性犯罪被害が、実際に現実の世界で起こっている。加害者は睡眠薬などを被害者の飲み物等に混入させ、意識を失わせ抵抗力を奪ったうえで犯行に及ぶ。被害者と加害者が顔見知りである場合も多い。また、被害者が犯行時に意識を失っていたためにそもそも被害に遭ったかどうかがわからなくなってしまう、証拠保全が難しいなど様々な問題がある。たとえばこの記事↓などを参照していただきたい。

 

www.nishinippon.co.jp

 

そういう現実がある中で、「好きな人に薬を盛ってイチャイチャしちゃおう!」をラブコメ調(を、作者は目指したのだろうと思う)で描いていいわけがあろうか。いやない。

念のため言っておくと「イチャイチャ」の中身を妄想した千津の頭の中では、自分が智之に押し倒されるシーンが繰り広げられており、性行為が暗示されている。薬の効能で他人に望まない性行為(智之は最初千津を振った後、何度も同じ理由で彼女を拒んできたことが語られている)を行わせようとするそのあまりなグロテスクさにドン引きである。はっきり言うが千津がやろうとしているのはレイプドラッグを用いた性犯罪以外の何ものでもない。そして作者はそれをコメディとして描こうとしているのだ。

 

売り物としての非性愛者

 

そして上の「薬を盛ってはいけません。」を読んで、「ん?」と思ってほしい。

智之が非性愛者である必然性が、はたしてあるだろうか?

そう、この物語では、智之が千津を「タイプじゃないから」と言って拒絶し続ける異性愛者の性愛者であってもなんの問題もない。その場合千津が作るのは飲んだ者が近くにいる人間を好きになる惚れ薬とかになるのだろうが、違いはそれくらいだ。

ここで声を大にして言っておきたいのは、マイノリティがフィクションに登場する時、必然性なんか必要ないということである。いや、「非性愛者である必然性」とか言っといてお前思いっきり矛盾してない?と思うかもしれないが最後まで聞いてほしい。「マイノリティがフィクションに登場する時必然性なんか必要ない」というのはどういうことかと言うと、たとえばミステリーの名探偵や、強くてかっこいいヒーローや、同じクラスのちょっとダメだけど気のいいアイツや、フィクションに数限りなく登場するそういった人物が、特に何の理由もなくマイノリティであって何が悪いんだ文句でもあんのか言ってみろやコラ、ということである。マイノリティはただでさえ「マイノリティがマイノリティであるがための苦しみを味わう物語」に登場させられがちである。そういった物語はそういった物語でもちろん存在していていいのだが、今、いろいろなマイノリティが求めているのは、「マイノリティが、マイノリティをテーマにしているのではない物語に、フツーに存在する姿」である。たとえば「オールド・ガード」は死んでもよみがえる不死者たちの物語であり、アクション映画に分類されるべき映画だが、不死者のうち二人は男性カップルである。ストーリー上、別にこの二人が恋人同士である必要はない。親友同士であってもいい。でもこの二人は何のごまかしもなく、はっきりと恋人同士として描かれる。「なんでアクション映画にわざわざゲイカップルなんか出すんだよ。ポリコレか?」とか思った人、胸に手を当ててよく考えてみてほしい。これが男女のカップルだったらあなたは「なんでわざわざ男女カップルなんか出すんだよ」と思っただろうか?そうゆうとこやぞ。

 

www.netflix.com

(「オールド・ガード」はNetflixで観られるよ!おすすめだよ!)

 

閑話休題。で、問題の漫画だが、非性愛者である必然性がまったくないにもかかわらず、作者が智之を非性愛者に設定したのはなぜだろうか。これはマイノリティ当事者が切望する「マイノリティが、マイノリティをテーマにしているのではない物語に、フツーに存在する姿」なのだろうか。

んなわきゃないのである。この漫画はたとえ性愛者に対して惚れ薬を盛ろうとする話であったとしても上記の批判は免れないものだ。しかし性愛者に対して惚れ薬を盛ろうとする話であったとすれば、そんなもんクソ面白くもなんともなく、世に溢れかえっているので、ここまで拡散されることはなかっただろう。この漫画がここまで拡散され批判されることになった理由。それは「性愛者が非性愛者を『恋愛脳』にする薬を盛ろうとする話」だからだ。この漫画のオリジナリティはそこにしかない。つまりこの漫画は「非性愛」というマイノリティ性で「売ろう」としている作品なのである。

 世の中にはコンバージョン・セラピーというものがあってだな

 

そして、たぶんこの漫画の一番グロテスクなところがここである。千津が作ったのは「非性愛者を『恋愛脳』にする薬」。

私は言いたい。「なあ、コンバージョン・セラピーって知ってるか?」

こちらの記事↓(ごめんね英語です)などを読んでいただきたいのだが、コンバージョン・セラピーとは個人の性的指向ジェンダーアイデンティティを「矯正」するための行為を指す。嫌悪療法(望ましくない行為をしたら痛みを与える)、トーク・セラピー(あなたの性的指向ジェンダーアイデンティティは幼少時の虐待等のせいだと主張するなど)などのやり方があるそうだ。そんなもので性的指向ジェンダーアイデンティティって「治る」の?答え。

No credible scientific study has ever supported the claims of conversion therapists to actually change a person’s sexual orientation.

ある人物の性的指向が実際に変わるというコンバージョン・セラピストの主張を支持する、信頼に足る科学研究はない。

 

 

 

www.thetrevorproject.org

 

 更に、コンバージョン・セラピーは有害な影響を与える。こちらの統計によれば、LGBTQの若者で、自殺を試みたことのある人は、コンバージョン・セラピーを受けたことがない人で12%(これでもぞっとするような数字だ)、コンバージョン・セラピーを受けたことのある人では28%にのぼる。

 

www.thetrevorproject.org

 

 つまり現実にいる性的指向ジェンダーアイデンティティがマジョリティと異なる人々の中には、科学的に効果が保証されているわけでもない「治療」を受けさせられて自殺を図るまでに追い詰められている人たちが少なからずいる。自らを否定されるコンバージョン・セラピーが、かくも人を傷つけるものなのだということが、わかっていただけただろうか。漫画の話に戻ると、千津が作る「非性愛者を『恋愛脳』にする薬」とは、非性愛者の非性愛という性的指向を、性愛者の「イチャイチャしたい」という身勝手な欲望のために勝手に転向させるものである。しかもその転向は成功し、智之が性的欲求を覚える描写がある。この漫画で「非性愛者を『恋愛脳』にする薬」を飲むということはつまり、コンバージョン・セラピーを受けなおかつそれが成功するということなのだ。

 アセクシュアルである私がこの漫画を読むことで見たもの。それは、性愛者のおぞましい欲望のためにアセクシュアリティが「治療」される薬が作られ、その薬を飲んだ自分と同じアセクシュアルの人間がまんまと「治療」される瞬間だった。控えめに言っても吐き気がするぜ。

 

「非性愛者を『恋愛脳』にする薬」について考えてみると

 

 というか「非性愛者を『恋愛脳』にする薬」は「他者への興味」を「性的欲求」に繋げるらしいのですが、私性愛者の皆さんに訊いてみたいんですけども、皆さんは「興味のある他者」(兄弟とか友だちとか後輩とか)みんなに性的欲求を抱いていらっしゃるんですか?違うよね?ということは「非性愛者を『恋愛脳』にする薬」は「非性愛者を性愛者にする薬」ではなくて「興味のある他者に対して(恋愛感情などなくとも)強制的に性的欲求を抱かせる薬」ということでOK?考えれば考えるほどグロい薬だなおい!!

 

自分は麦茶が飲みたいっす先輩!

 

 突然だが私はアルコールが駄目な人である。同じくアルコールが駄目な人には「わかる」と言ってくれる人も多いと思うのだが、飲み会に参加していると、「善意で」アルコールが飲めるようにすすめてくれる人というのが世の中には一定数存在する。

 ここで話題にしているのは、一気飲みを強制したり飲み比べをけしかけてきたりする悪質な人びとではない。本当に「善意で」こちらがアルコールが飲めるようになればと「ちょっと試しに飲んでみない?」とビールをすすめたり、「やっぱり大人になったらお酒を飲む楽しさがわかるようにならなきゃね」と言ってきたりとかする人たちのことだ。

私は今怒っているので正直に感情をあらわにして言うのだが、この人たちがしていることはクソだ。

わかりやすく表すと以下の通りである。

 

「私たちはお酒が好き」→わかる。全然問題ないぜ。

「お酒飲むの楽しい」→わかる。全然問題ないぜ。

「だからお酒を飲む楽しさをお酒を飲めないあなたに教えてあげる」→なんでそうなるんじゃクソが。問題大ありだわ。

 

世の中では、大人になったらある程度は酒をたしなむ。そうする人が多数派でありそうすることは当たり前である。その多数派にとっての当たり前を、少数派はいとも無邪気に押しつけられるのだ。

「酒を飲む」を、たとえば「結婚する」「子どもを持つ」などに変えてみたら、「わかる」人もいるのではないだろうか。「アセクシュアリティ」も同じである。「結婚しない人」が「結婚っていいよー。してみたらわかるって」、「子どもを持たない人」が「子どもっていいよー。作ってみたらわかるって」と言われてきたように、「アセクシュアルの人間」も「恋愛/性行為っていいよー。してみたらわかるって」と言われてきたのである。

 自分がやって楽しい○○を、○○をしない人々に善意ですすめる全人類に問いたい。

 「○○しない人」が「○○しない」ことによって、あんた何か困るわけ?

 「○○しない人」は自分が「○○しない」だけである。いや「私は○○しないのであなたもしないで」と言う人も中にはいるかもしれんが、少なくともアセクシュアルの人間は自分が「恋愛/性行為をしない」と言っているのであって、「お前も恋愛/性行為をするな」と言っているわけではない。あんたの人生は「恋愛/性行為」によって豊かになり、あんたはそれで幸せなのかもしれないが、私たちは「性愛者の恋愛/性行為のある豊かな人生」から「恋愛/性行為」をマイナスした不完全な人生を生きているわけではない。私たちの人生は「恋愛/性行為」のない状態で完全なのであり、あるべき姿から何かが欠けているわけではない。

 早い話が、「俺は麦茶が飲みたいんすけど。先輩はビール好きだからビール飲んどきゃいいじゃないっすか。なんで俺にまでビール飲ませようとするんすか?」ということだ。

 

俺たちはディストピアに生きている

 

 そしてこれは見逃されがちな点かと思うのだが、私が恐ろしいと思うのは、この「非性愛者を『恋愛脳』にする薬」が、そもそも作られたということなのだ。

 一つの薬を作るまでにはたいへん長い道のりが待っている。このへんのサイトなどはわかりやすくまとまっているかと思う。

 

www.ds-pharma.co.jp

 基礎研究に2~3年、非臨床試験に3~5年、臨床試験に3~7年、承認申請と発売に1~2年...

 この「非性愛者を『恋愛脳』にする薬」が完成するには、何百億何千億の資金と、それだけの歳月が必要だったはずだ。私が考えたいのは、「非性愛者を『恋愛脳』にする薬」などというものに、それだけの予算が下りたのはなぜなのか?だ。

 実は作中で智之も「よく研究費おりたよな…」と言っている。私はそれに続く台詞を読んで「うへえ」となった。

少子化が深刻だからか…?」

う、うわあ。でもこの少し前の部分に、千津が薬の効果は「もって3時間程度」と言う場面がある。それを考え合わせると、見えてきませんか…この薬に「研究費を出す価値」が見出される理由が...

非性愛者を一時的に『恋愛脳』にして、少子化解消のために、子作りさせるためじゃね?

おいおい...もしそうだとしたらツッコミどころ満載だぜ…

非性愛者、アセクシュアル、と言ってもいろいろあって、それはこちらに(またしても英語だよごめんね)くわしい。

 

www.healthline.com

まあ上のページからもわかるように、非性愛者にも、「性的に他者に惹かれることはないが恋愛関係は持ちたい」人、「深い繋がりのある人になら性的な興味が湧く」人、などなどいろいろな人がいる。「パートナーのため」「子どもを持つため」になら性行為を行う、という人も。

そしてそういった諸々や、そもそも非性愛で何が悪いんだ問題や、非性愛者の人権などなどを全部まるっと無視して強制的に非性愛者に性愛を「わからせてくださる」この薬、マジのマジで(誤った)少子化解消のための方策としか私には読めないのだが…それ以外にこの薬の使いどころがありますか…

 「たかが漫画の話だし、少子化解消で予算が下りたなんて書かれてないし、考えすぎだろ」と言う人、うんその通りだよね。でもね知ってますか、「L(レズビアン)とG(ゲイ)が足立区に完全に広がってしまったら、子どもが1人も生まれない」発言があったのって2020年だぜ。「非性愛者なんぞ認めたら子どもが1人も生まれない」と考える人が出てこないって言えます?私は言えないぜ。この現実も、「非性愛者を『恋愛脳』にする薬」を何百憶何千億かけて作る漫画内現実も、人は性愛者であるべき性行為/恋愛を行うべき行わないやつは「治療」してやるを地で行くディストピアですぜ…つうか少子化解消したいなら女性の産後復帰がしやすい制度とか子育てしやすい環境作りとかやること他にあるだろうが。

 

www.tokyo-np.co.jp

 

おわりに

 

今回のこの文章は最初に説明した通り、自分の性的指向を踏んづけまくる漫画をうっかり読んでしまった人間が、ほぼ自分のために、セラピーとして書いたものだ。どんな形であれ誰かのためになるかはわからないが、マイノリティをマイノリティとして尊重することをせず、自らの欲求のためにマイノリティがマイノリティであること自体を許さないことのグロさを感じてもらえたらこちらとしてはうれしい。書きたいことは全部書けたのでたいへんすっきりしました。

 

※4月20日追記

ここまで読んでくれた方にお願いがあります。この次の投稿「クソはクソなのでクソだと叫ぼう―「激怒ブログ」を読んだ人にお願いしたいこと」も読んでいただけないでしょうか。お願い!

herve-guibertlovesmovies.hatenablog.com