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誰も私を信じてくれない「透明人間」

 

※ネタバレがあります。

 

 

予告編

 

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あらすじ

「ソウ」シリーズの脚本家リー・ワネルが監督・脚本を手がけ、透明人間の恐怖をサスペンスフルに描いたサイコスリラー。富豪の天才科学者エイドリアンに束縛される生活を送るセシリアは、ある夜、計画的に脱出を図る。悲しみに暮れるエイドリアンは手首を切って自殺し、莫大な財産の一部を彼女に残す。しかし、セシリアは彼の死を疑っていた。やがて彼女の周囲で不可解な出来事が次々と起こり、命まで脅かされるように。見えない何かに襲われていることを証明しようとするセシリアだったが……。主演は、テレビドラマ「ハンドメイズ・テイル 侍女の物語」のエリザベス・モス。(映画.comより引用)

 

感想

もしも透明になれたらあなたは一体何をしますか…というのは、「もしも○○になれたら」というお題としてはありふれたものだ。H・G・ウェルズの昔から、人は透明人間の物語を作ってきた。透明になったはいいが元に戻れなくなった科学者がばれないのをいいことに悪いことをしまくる「インビジブル」(2000年、ポール・ヴァーホーヴェン)や、逆に自分を利用して悪事を働こうとする組織から透明人間が逃げ回る「透明人間」(1992年、ジョン・カーペンター)まで、枚挙にいとまがない。透明になるというのはすなわち他者から見とがめられることがないということで、それなら人は悪事を働くよね、という話が多い印象だ。ああ人間への信頼の欠如よ。

別に私は透明人間を扱った作品にものすごくたくさん触れているわけではない。だから特別詳しくない人間が言っていると思って聞いていただきたいのだが、本作の透明人間へのアプローチは、「体が透明=ばれない=悪いことするぜ」というクリシェとは全く違って新鮮に映った。

そもそも、科学の実験が失敗して透明になり、しかも透明になったはいいが元には戻れない、というパターンが多いこのジャンルにおいて、本作でなぜ人間が透明になるかと言えば、科学者が開発した「透明スーツ」を着ているからである。透明になりたければスーツを着ればいいし、元に戻りたければスーツを脱げばいい。また、スーツなので誰が使うのも自由である。この「透明スーツ」という要素が後半の展開に効いてくる。

「透明スーツ」を着た人間は無敵である。見えないのだから、誰かを殴れば殴られた人間は当然そばにいた人間に殴られたものと思う。目に見えない三人目がいるとは考えない。まさにやりたい放題で、やったことのつけは自分が苦しめたい人間に払わせればいい。病院の廊下のシーンに顕著にみられるように、目に見えない人間がそこにいることを知らなければ、銃を持っていてさえ何の役にも立たないのだ。

しかし、ではそういう無敵状態の透明人間による暴力が本作で一番恐ろしい要素なのかと言うと、そうではない。本作で一番恐ろしいこと、それは誰もあなたを信じてくれないことだ。

セシリアは最初から訴えている。エイドリアンがやった、私はやってない、メールを送ったのはエイドリアン、あの子を殴ったのもエイドリアン、エイドリアンは生きている、目に見えないだけ、ここにいるの。この部屋にいるの。

けれど妹も、親友も、親友の子も、もちろん病院も、警察も、誰もそれを信じない。透明状態を最大限に利用して病院の警備員を殺して回る廊下のシーンで、警備員のひとりはどう考えてもセシリアに仲間たちをどうこうできるわけがない状況なのにもかかわらず、セシリアに向かって「伏せろ」と言う。彼が「見えない人間」の存在を信じるのは自分がやられた時だ。

そう、セシリアの言葉には何の価値もないのだ。被害が(たとえ親しい誰かを傷つけるという形であれ)セシリアの被害に留まっていれば、誰も彼女の言葉などには重きを置かない。彼女は嘘をついている、あるいは頭がおかしいことにされる。「見えない人間などいない」という常識の方が、そんなありそうもないことをわめきたてる人間の言葉などよりよほど信用が置ける。

これは、DV被害者の訴えが信じてもらえないという現実によくある状況と重なる。

 

家での言動とは裏腹に、その人物に対する世間の評判は悪くない。医者、弁護士、大学教授などのエリートも多く、穏やかで人あたりのいい、家族思いの常識人という印象を持たれている。そのため被害者が周囲の人に暴力を打ち明けても、「あんないい人が、まさか……」と信じてもらえないのだ。

 

 

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本作でエミリーが、ジェームズが、セシリアを心底信じるのは自分に直接被害が及んでからだ。セシリアと親しい人間であってもそうなのだ。身内にも友人にも信じてもらえない、世界中からお前は頭がおかしいと言われる、でも自分だけは自分が正しいと知っている。この絶望感を覚えている人がきっと世界には今この時も、いる。

 

ちなみに

 

・オルディス・ホッジが非常にかっこいいですね…

 

・セシリアが面接に行く会社の人(いい人っぽい)に見覚えがあるなーと思ったら、「アップグレード」のフィスクだった。ベネディクト・ハーディ。

 

・エイドリアンの兄、トム役のマイケル・ドーマン、にも見覚えがあるなーと思ったら「デイブレイカー」のイーサン・ホークの弟か!!「デイブレイカー」面白いのでおすすめです!

 

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